空は雲七割、青三割。梅雨の晴れ間、雨の降る気配はないけれど、湿度が高くて息苦しい。さっきの会話の空気みたいだ。
「せめて、終業式までいられたら」
「いろいろご迷惑おかけしました。夏休み中に隙を見てまた来ます」
学校を出てもまっすぐ帰りたくなかった。帰る? どこへ?
そんな遠くへ行くわけではないけれど、住み慣れた町を離れるというのは子供にとってなかなかの一大事だ。この制服ともお別れかな。青緑のベスト、ブラウスに臙脂のリボン、青緑のボックスプリーツスカート。通称アオミドロ色。
普段と違う道を使うようにと、くどいほど念を押されていたので、通学路と外れた道をぶらぶら歩く。先生、泣いてたな。いいんだよウチヤン。最初はあなたに話すつもりはなかったし、平等じゃないにせよ、三十三人の子供を見る立場からしてみれば、私一人の小さな変化に気づけという方が無理だ。
「お、そうだ」
この道の先に、一度行ってみたかった素敵ポイントがあったのを思い出した。マニア心に訴えかける存在だ。どうせ今日でこの辺りとはお別れなのだ、いっちょ行ってみるか。よーい、ドン、と頭の中で景気づけの号令をして、走りだす。今日のスクールバッグは軽い。ロッカーの中身は送ってもらえるので、バッグはほとんど空。携帯電話と筆記用具と、そんなもん。自慢じゃないが私の足は速い。あっという間に、茶色の建物の入り口まで辿り着いた。古い感じのするマンション。この辺りでは目立って背が高い。何階建てだろう、八階……かな。これくらい古けりゃオートロックはない。ま、あっても大丈夫だけど。エントランスをくぐる。ずらりと並ぶステンレスのポストと、名字のプレート。一つ一つに誰かの生活。その中を抜けて、奥にエレベーター。どこのマンションも大差ない。後に鉄筋マンション造りなんて呼ばれて、その時代の私たちみたいな子供がそれを暗記するのだろうか。
誰もいないエレベーターに乗り込む。階数表示は1、2、3、4、5、6、7、8。欠けることなく、八階建て。大当たり。迷わず8のボタンを押す。まるでここにずっと住んでるみたいに、すっと指をまっすぐ押せたことに満足する。耳を澄ませると、キリキリギリギリと何かのきしむ音がする。ロープが巻き取られて私の身体が上っていく。
チーン、と想像よりもずっと高い電子レンジみたいな音がして、びくっと身体が跳ねた。せっかく綺麗にボタンが押せたのに。これじゃやっぱり不法侵入者みたいだ。
経験上、行き方は中から行くか外から行くかの二種類だ。もちろん前者が望ましい。この建物の古さなら期待できそうだと、マンション育ちの勘が告げている。なんとなく、わかる。友達を訪ねてきたような顔をして八階の回廊を巡っていく。佐藤さん、長束さん、海野さん。いろんな表札。エレベータを出て右に半周したところで、それを見つけた。目的地への扉だ。
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