小説家になろう
フェイトと名付けられた電子脳

 昨夜、主人が可愛がっていた飼い犬が死にました。夜が深くなった、寒い寒い秋の一夜のことでした。
 日々衰弱していった身体。弱々しいあえぎ声とフローリングをひっかく度に響く、カサカサという音。最後は主人の腕の中で死んでいきました。絶命。その瞬間、ひとつの命に終りが訪れたのです。私はその時、ふとあの時のことを思い出していました。最後に二人が遊んだ、あの時間のことを。
 数日前、犬はなぜか昔のように元気になりました。
手を貸さないと立ち上がることも困難だったのに、部屋の中を行き来しているのです。試しに屋外に出してみると、無邪気に走り回り、体力の低下のせいか長らくくわえていなかった綱を主人の下ヘと運んできました。綱をぽとりと落とし、尻尾を振って見上げる瞳。口は大きく広がり笑っているようにも見えました。遊んで遊んで。全身でそう伝えてたんだと思います。
 主人は、その眼に驚きを浮かべてから、何か悟ったような諦めた色を浮かべ犬の要求に答えました。いっぱいの涙を溜めながら、笑顔で犬と遊んだのです。足下に落とされた綱を拾い上げ、掛け声と共に投げていました。私はそんな二人の側にそっとつかえていました。
 たった十数分間しかなかった過去へのタイムトリップ。そこには、私が越えられない目には見えない確実な隔たりがありました。時を共有してきた者たちだけが持つ、穏やかな空気と安らぎ。私は迂濶にそこへ入ることが出来なかったのです。
 数回往復した後、遊び疲れたのか、犬は主人の足元で寄り添い伏せました。息荒く遠くを見つめるその瞳には充実感がみなぎっていました。隣に腰を下ろす主人。犬の身体を撫でます。何度も何度も。飽きもせず撫で続けます。その表情はとても幸せそうで。犬と主人の姿は、まるで一枚の絵画のようでした。
 永遠が手に入るのならば、あの時あの瞬間をそっと時間の檻の中に閉じ込めてしまいたい。青く晴れた空の下、広がる一面芝生の真ん中で寄り添っていた二人の背中を。今になってそう思うのです。 犬が俄かに死の淵に面し始めたのは一昨日の晩、九時ごろのことでした。穏やかに過ぎていく夜の静寂を破ったのは、犬の突然の引き付けでした。
 急に荒くなる呼吸。痙攣する手足。主人は興奮しながら私に何かを命じました。上気した表情で、指を差し叫ぶのです。早く、早く、早く! 早くしろ!
 悲痛な叫びは、しかし私には命令として理解することは出来ませんでした。鬼気迫る主人の怒声に、私はただ右往左往するばかりでした。何かしたい。けれど何をすればいいのか分からない。情報を自ら生み出すことは私には無理だったのです。
 そんな私をよそに、主人は死に際の犬に必死に抱きつくようになっていました。落ち着け。落ち着け。大丈夫だから。ゆっくり呼吸してみろ。ゆっくりだ。楽になるから。

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