小説家になろう
温泉の魔法使い



「えー鳴子台介です。こんにちは」
「鳴子先生、こんにちは!」
 台介の目の前には、物珍しそうに鳴子の顔を見つめる幼稚園児の群れ。台介の白衣も、少し寝癖のついた頭も、園長先生より頭ひとつ高い身長も、彼らの目にはすべて神秘的に映った。なにせ台介は……
「では、お風呂の前に、簡単なお話を」
 黒板を前に台介が淡々と話し始める。ぼそぼそとした声だが、存外に聞き取りやすい。何度も何度も人前で話している人間の話し方だ。
「みんな、僕は何をする人か知ってるかな?」
「お湯を出す人!」
「おんせんのまほうつかい!」
 子供たちが一斉に声をあげた。鳴子台介は日本でただ一人、湯を生み出す魔法使いなのだ。テレビでその姿が何度となく映し出されている。台介は温泉という響きに苦笑いする。

「正確には、僕はこんなお風呂に入りたいと思った気持ちをお湯にすることができます。でも、温泉ではありません。正確には錯術で呼ばれるお湯、錯湯、と言います」
 お湯でも温泉でも名前なんかどうでもいいではないか。園児たちにとって、奇跡の一端であることに変わりはない。
「さて、今日はみんなどんなお風呂に入りたいか考えてきたかな?」
「黒いお風呂!」
「強くなる風呂!」
「お花の香り!」
「いいね、もっとたくさんお風呂のことを考えて。そのお風呂に入ったらどんな気分になりたい?」
「抱っこされてるみたいな気分がいい」
「いい気分ー」
「いやし系~!」
 意味もわからず言葉をあげる子供の発言に、周囲の大人から笑いが生まれた。
「じゃあ今回は男子のお風呂と女子のお風呂、二つあるからそれぞれに分かれて考えをまとめようか」
 打ち合わせ通り、幼稚園の先生たちが子供たちをとりまとめてくれる。あちこちから奔放な意見が飛び交い、挙手があり、笑いや不満の声を熟練の職人が生地を作り上げるように、先生たちが整えてくれた。
「はい、じゃあ男子のお風呂は、赤と白と青のお風呂で、強くなれる気分のお風呂。女子はピンクと薄い緑のお風呂で、やさしい気分のお風呂。香りはお花、と」
「はーい!」
「じゃあこれから竹の湯さんに移動します。みんな車に気をつけてね」
 あちこちで先生たちが子供たちを立たせる。ここから歩いて数分の銭湯にて「錯湯」を実施する手はずになっていた。
 子供たちが出て行った後、鳴子は一巡り壁を見渡す。子供たちの絵。先生たちの作った可愛らしい紙細工の数々。壁に貼られた一人一人の名前。彼らが日常的に吸っているであろうこの空気をゆっくりと味わうように、体内に取り入れる。今日は子供の日だ。徹底的に彼らが喜ぶようなパフォーマンスにしよう。
「鳴子先生、そろそろ」
「あ、ハイ」
 キャリーバッグから商売道具の入ったケースを取り出し、鳴子も歩いてすぐの銭湯へ向かった。中に入ると、子供たちはすでに脱衣所で待ち構えていた。

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