小説家になろう
愛しいひと

 とうとう、この日が来てしまったのですね。いつかは来ると思っていました。でも、こんなに早いとは思いませんでした。

 晴れ渡った青空の下、あなたは今、雪に包まれた教会の扉を開く。神聖な儀式の始まりに、緊張と期待に胸を高鳴らせ、これから続くであろう幸せな結婚生活を夢見て、顔をほころばせるあなたが見える。

 私は、あなたが美しく成長していく様を、ずっと密かに見守ってきました。それは、楽しくもあり、辛くもありました。いつかはあなたを他の誰かにさらわれてしまうことを思い、じっと耐えるようにして。あなたの姿を見つめることだけで幸せなのだと自分に言い聞かせて。

 本当に行ってしまうのですね。

 私の思いはあなたに届くことはない。叶わない。それでもあなたのことが好きでした。

 子犬を連れたあなたを初めて見たとき、私の鼓動は地を揺るがすようでした。

 あの日、プラタナス並木の合間から射す、真夏の日差しの中で、あなたの艶やかな黒髪はきらきらと風に揺らめいて、琥珀色の瞳を眩しそうに細めていましたね。

 私の側を通り過ぎて行ったあなたは、甘い香りがしました。

 そんな些細な出来事など、あなたはすっかり忘れているかもしれませんが、私には忘れ難い日となったのです。

 あの日から、私は毎日、あなたがプラタナス並木の路を歩く度に、あなたに釘付けでした。

それも、今日が最後なのですね。

 今、雪化粧をしたこの路を、あなたは純白のドレスで愛しい人と並んで歩いていく。

この街を発つのですね。

 はなむけに、薔薇の花弁はかけられないけれど、代わりに美しい雪を降らせましょう。

 あなたがプラタナスのトンネルを通るとき、枝に載る綿雪を、ふわりとあなたの傍へ降らせましょう。

 私の最後のささやかな意思表示です。

それが私の仕業だと、あなたはこちらを見上げて気付いてくれるでしょうか。

私はあなたの幸福を願って、いつまでも、この地に根を下ろし、ずっとあなたを思っています。いつか、この私、プラタナスの木を思い出してくれるように。



[1]後書き
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