小説家になろう
星司の贈物

 今日も実験は深夜近くまでかかってしまった。
 連日の疲れで、いつの間にか寝てしまったらしい。
 電車は止まっていた。発車ベルの鳴る音が聞こえる。
 どこだろう……。
 座ったまま体をよじるようにして暗いガラスの外を見た。
 見慣れたビル。いつもの降りる駅だった。
 網棚に乗せていた黒いカバンを引っつかんで、あわてて席を立つ。だけどドアは、プシュゥ、と音を立てながら閉じてしまった。もたれ掛かるようにして扉に手をかけ、ため息をつく。
 電車はゆっくりとプラットホームを離れ、加速しはじめた。
「あらら。お寝坊さん、発見」
 鈴のような声。
 振り向くと、僕の傍らに女の子がほほ笑んでいた。
 さらさらのショートカット。白のシャツにはおった空色のカーディガンがまぶしいほどに似合っている。長いまつげに隠れそうな、くりくりした黒い瞳が僕を見上げていた。
「鮎沢さん……。久しぶり」
「うん。久しぶり、だね」
 見つめ合う。ちょっと気恥ずかしい。
 僕は目をそらした。
 最終電車より一、二本だけ早い列車。僕が乗ったときにはほぼ満員だったはずなのに、いつの間にか無人近くになっていた。みんな降りてしまったらしい。
 残ったわずかな乗客は例外なく目をつぶって舟をこいでいるか、携帯とにらめっこをしている。見知った顔がある訳でもない。
 窓ガラスの外は暗黒。光の筋のようになって街灯が流れて行く。
 電車はやがて川にさしかかった。街灯が見えなくなって、一面の漆黒。きっとあの暗闇は川面か河原あたりだろう。鉄骨の橋脚に響く音が、やけにうるさい。
 窓の外からちょっと焦点をずらすと、窓ガラスには鏡のように、がらんとした車内と、ぼんやりと外を見つめていた僕が写っていた。
 振り向くと、どうしたの、と言いたそうに軽く小首をかしげていた。耳のあたりにかかった髪が、電車にあわせて揺れている。
 別に、と声には出さず僕は首を振った。
 気づかないうちに、僕は苦笑いを浮かべていた。こうして彼女と向かい合っていると、どこか後ろめたさにも似た、変な気分になってきてしまう。そんな気持ちをごまかしたかったのか、それとも単にあきれているだけなのか。
 僕はちょっとぶっきらぼうに言ってみた。
「……気づいてたんなら、起こしてよ。もう上り電車、ないだろ」
「だってカサギくん、あんまり気持ち良さそうに寝てるんだもん。起こすのはどうしても罪な気がして。これでも気をつかってあげたんだよ」
 ちょっと唇をとがらせて、すねたような顔をしてみせる。すると彼女は視線をそらせて、うつむいた。
「それに……。カサギくんさえよかったら、久しぶりに夜間観測、付き合って欲しくて……」
『夜間観測』
 胸の奥を通り過ぎて行く。甘く、切ない響き。
 星の砂。海に上がる月。震えるほどに凜とした星空。暗闇を横切る天の川。
     

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