小説家になろう
Raison d'etre
2章 ペンフィールドのホムンクルス
2章 6話 秋山明日香

「全員が……?」
「そう。だから、誰も面会なんて来ないし、たまにああやって押し掛けてくる人がいても誰も会いたがらない。桜井が面会のシステムを知らなかったのは、面会が無いに等しいから当たり前な訳。私も入ってから暫く知らなかったし」
 それを聞いた時、何かがぴたりとはまった。
 安全保障上やむを得ない事とは言え、自らの子どもを軍隊に預ける親が一体どれだけいるだろうか。常識的に考えれば、そんな親は皆無に等しいだろう。しかし、特殊戦術中隊は全ESP能力者の内、五割近くを既に確保している。
 五割。未成年の子どもを死の危険に晒しても構わないと考えた親の割合にしては驚異的な数だ。つまり、彼女らは親に心配されるような立場ではなかった。もしくは、彼女らは自ら特殊戦術中隊への入隊を希望してしまうような状況に置かれていた、ということなのだろう。
 優は反射的に華、京子、愛の顔を見渡した。
 なら、この三人も――?
「そんな顔しないでよ」
 京子が困ったような笑みを浮かべた。優は意識的に何でもない風な表情を取り繕うとしたが、すぐに無理だと悟って、まだ言い争っている警備員たちの方に顔を背けた。
 年輩の女性は、娘に会わせろと叫び続けている。
「一見さ、必死で面会を求める娘想いの母親に見えるよね。でもさ、あれ、お金たかりに来てるんだって」
 京子がぽつりと言う。
「他にもさ、色々いるみたい。暴力振るった後に、人が変わったみたいに必死で謝る奴とか」
 警備員の怒鳴り声と女の甲高い声が一際大きくなる。
 不意に一人の男の姿が脳裏に浮かんだ。近所では愛想の良い人として通っていた一人の男。
「桜井君?」
 華の声に重なるように、女性の悲鳴が頭に響いた。続いて食器の割れる音。男の叫び声。鈍い音。
 世界がぶれる。目眩がした。音が二重に聞こえる。
 吐き気がこみあげ、優はその場に膝をついた。口を押さえ、うずくまる。
「桜井君? 桜井君!」
 警備員と女性の言い争う声がやけに遠く聞こえた。
 得体の知れない恐怖感が全身を支配し、現実感が麻痺していく。
 また誰かの悲鳴。それが現実のものか、空想のものか優には判断がつかなかった。
 息が苦しい。うまく呼吸できなかった。失見当識を起こしている、と冷静な自分のどこかが警告する。過呼吸だ。しっかりと二酸化炭素を吐け。息を吸うな、と誰かが言う。しかし、警告通りに体がうまく動かない。
 不意に右腕に鋭い痛みが走った。何か熱いものを押し付けられているような激痛。優はうめき声をあげた。
「桜井……?」
 また女性の叫び声。痛みが止み、代わりに誰かが殴られる音が響く。そして男の怒声。
 優は丸まるようにして、震える自分の肩を抱いた。
 不意に、その肩を誰かが優しく包み込んだ。ほのかに甘い香りが優を包む。震えがぴたりと止まり、優の意識は急速に現実へと浮上していった。



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