小説家になろう
耳無し幽霊

 ホラー雑誌編集者の僕は、取材の為、夜のとある寺院に来ていた。噂では、この寺院には耳の無い女の幽霊が出るそうだ。僕は半信半疑だったが、編集長の言うことは絶対。しぶしぶ自動車で3時間かけてここに到着した。
 車を止め、寺院の本堂へと向かった。
 そこは、いたるところが廃れていて、天井には蜘蛛の巣が張り巡らされていた。人なんているはずなく、土足で上がりこんだ。
 カバンから小型録音機器を取り出して、それを起動させた。6時間の録音が可能で、どんな小さい音でもばっちり録音する高性能のものだ。
 デジタル式の発光腕時計を覗く。液晶画面は夜の11時を示していた。小さく畳んだ寝袋をカバンから取り出し、それを広げた。夏といっても夜は冷える。方々からの隙間風は、寝冷えさせるのに十分な冷気をはらんでいる。
 寝袋にもぐりこむと、重い瞼を閉じた。
 
 夜中、何かの物音に目が覚めた。途端、全身から冷や汗が噴き出た。半端ではない量。この汗はどこから出てくるのか、なんて考えてる間に、寝ている僕の枕元に白い着物を着た青白い女が立っていた。
 辺りは暗闇。にもかかわらず、その女性は僕の目にはっきりと映った。目鼻立ち整っていて、艶やかな黒髪は後頭部で花かんざしに止められている。なかなかの美女だった。
 よくみると、こめかみのすぐ傍に付いているはずの器官が無かった。間違いない、彼女が耳の無い女の霊だ。
 だが、僕は驚きの光景を目にする。彼女は泣いていた。両目から流れる彼女の涙は、木製の床に染みをつくった。
「どうして、泣いてるの」
 気づけば、彼女に対する恐怖心は無くなっていた。故にそんなことを聞く余裕が出来たのかもしれない。
「あなたも、逃げるんでしょ」
「どうしたの?」
 涙を止めずに、彼女は続けた。
「あなたのように噂を聞いてここに来る人は今までも何人かいた。けど、耳の無い私の姿を見たらみんなが逃げ出すの……」
 彼女のすすり泣く声が、静かな本堂にこだまする。僕は寝袋から体を出し、立ち上がった。
「こうすれば、わからないよ」
 僕は彼女の髪を後ろで束ねている花かんざしを外した。たちまち彼女の黒髪は溶け、顔の線を隠した。それは普通に耳がある女性と変わらない映えとなった。
 彼女は一瞬だけ頬を緩め、直後に怒りに任せたような口調で言った。
「よ、余計なお世話よ! だいたいね、私は怖がって逃げる人を見て楽しんでたんだから。さっきのもただの嘘泣きよ」
「違う」
 僕ははっきりとそう言った。そして続ける。
「さっきの君は、本当に泣いていた。孤独の涙だった」
「違うっていってるでしょ」
「違わないよ。君が望むなら、僕はずっと君のそばにいてあげたって構わないから、もう泣かないで」
 僕は彼女の目元に残っていた涙を指で拭いた。すると、彼女はまた泣き出した。泣きながら、僕の胸元に飛び込んだ。


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