小説家になろう
夜の桜に、御用心

「ねぇねぇ、知ってる?」

「どうかした? 何かあったの?」

「それがさぁ、今年も出たんだって、例のアパート」

「ウソ、それってかなりヤバくない?」

「そうだよね、だって毎年のように飛ぶんだもん。真夜中に、二回の廊下から……」



 『春眠、暁を覚えず』とは、よく言ったものだ。日はすでに高々と昇り、閉め切ったカーテンの隙間からさしこむ光は、もはや朝日と呼べるようなものではない。それにもかかわらず、羽篠うしのゆかりは実に幸せそうに眠りこけていた。くしゃくしゃになった掛け布団をしっかと抱きかかえ、ベットの上で子猫のように丸くなり、つややかなダークブラウンのセミロングは、扇のようにきれいに広がっている。

 ベットの足下には、サイドテーブルの上に置いてあったはずのピンク色の目覚まし時計が転がっていた。時計の針は、七時を指したまま止まっている。どうやら、紫が時計をはたき落としたときに電池が外れてしまったらしい。

「んんー……」

 紫はかわいらしい声を上げ、日の光から逃げるかのように、ころりと寝返りをうった。

 と、その時。突然けたたましい音を響かせて、部屋の扉が勢いよく開いた。

「紫っ! いい加減に起きろっ!」

「ぎにゃっ!」

 いきなりの安眠妨害に紫はびくっと跳ね起き、寝ぼけた悲鳴を上げた。そのままぼんやりとやる視線の先には、腰に手を当てて扉の近くに仁王立ちし、紫をねめつけているショートカットの女の子の姿があった。

「お、おはよう、美月ちゃん。こんな朝早くに、どうかしたの?」

 半目のまま、ふにゃふにゃと話す紫に、美月と呼ばれた女の子──岸田きしだ美月みつきは、がっくりと肩を落とした。

「あんたねぇ、まだ春休みだからっていつまでぐーたらしてるのよ! 来週から、新学期も始まるのよ? いい加減に、しゃきっとしなさい!」

 美月はつかつかと窓まで歩いていって、おもむろに真っ白なカーテンを開け放つ。紫の部屋の中を、お昼前の日の光が明るく照らし出す。いきなりのまぶしさに、紫は眠たげな目をいっそう細めた。

「だいたい、今日は私の頼みごとに付き合ってくれる約束だったじゃない。昼前に誘いに行くって言ったんだから、そのくらいの準備しておいてよ」

 胸の前で腕を組んで、美月は愚痴った。タイトなジーンズに、淡いグリーンのティーシャツ。その上に羽織った白いヨットパーカが、活動的な印象を与える。

「そ、そう言えばそうだったかも……。ごめんね、美月ちゃん。いざ起きるとなると、眠くて眠くて……」

 ごそごそとベットから抜け出した紫は、足元に転がっていた目覚まし時計の電池をはめ直し、そっとサイドテーブルの上に置いた。再び、秒針が時を刻み始める。

「まったくもう、しょうがないわね。じゃ、下で待ってるからね。また、寝ちゃったりしたらダメよ?」

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